ゴルフがどこで生まれたのか。これほど単純に見えて、これほど複雑な問いはスポーツ史において珍しい。サッカーにはイングランドがあり、野球にはアメリカがある。しかしゴルフの「生誕地」をめぐっては、スコットランド、オランダ、さらには中国まで名乗りを上げており、歴史家たちの議論は今も続いている。

ゴルフ起源論争——スコットランド以前の主張

オランダ説の根拠

ゴルフの原型はオランダにあるという説は、美術史の世界から生まれた。14世紀から15世紀にかけてのフランドル絵画の中に、氷上や野原でスティックを使ってボールを打つ場面が頻繁に登場する。「コルフ(kolf)」と呼ばれたこのゲームは、スコットランドとオランダが北海貿易で深く結びついていた時代に伝わったのではないかと考えられている。

確かに証拠はある。1297年のオランダの記録には「コルフ」という語が登場し、絵画資料も豊富だ。しかしコルフは氷上で行うホッケーに近いゲームであり、穴に向かってボールを打ち込む現代ゴルフの本質とは異なる。

中国説という異説

2006年、中国の研究者が驚くべき主張を発表した。宋代(960〜1279年)の書物に「捶丸(すいがん)」というゲームの記述があり、地面の穴を目標にスティックでボールを打つという内容が現代ゴルフに酷似しているというのだ。捶丸の規則書『丸経』(1282年)も現存している。

この説は一定の注目を集めたが、捶丸がスコットランドに伝わった経路を示す証拠がなく、現在のところ「独自発生した類似ゲーム」という評価に留まっている。

1457年の禁止令——最古の文書証拠

どの説が正しいにせよ、「ゴルフ」という語を含む現存する最古の文書はスコットランドのものである。

1457年3月6日、スコットランド国王ジェームズ2世は議会において以下のような布告を発した——「フットボールとゴルフは完全に禁止され、廃止されるべきである」。理由は明快だった。兵士たちがアーチェリーの訓練を怠り、球技に熱中しているというのだ。百年戦争の余波がまだ残るこの時代、弓兵の練習は国防上の急務であった。

禁止令はジェームズ3世(1471年)、ジェームズ4世(1491年)にも繰り返された。この「繰り返し」が重要だ。禁止令が何度も出されたということは、それだけゴルフが民衆に浸透していたことの証左に他ならない。そしてジェームズ4世自身、1502年のイングランドとの和平条約締結後、自らゴルフ道具を購入した記録が残っている。王自ら禁じ、王自ら楽しんだというのだから、ゴルフの魅力は当時から抗いがたいものがあったのだろう。

リンクスという地形がゴルフを育てた

なぜスコットランドだったのか。文化的・政治的背景とは別に、地形という観点からも考える必要がある。

スコットランドの海岸線、特に東海岸には「リンクス(links)」と呼ばれる独特の地形が発達している。海と耕作地の間に広がる砂地の帯で、ゴツゴツした地面、自然の凹凸、風に削られた低い草——農業には不向きだが、ボールを転がしたり打ったりするには絶好の地形だ。

リンクスの語源はスコットランド・ゲール語の「lùb(曲がりくねった丘)」に由来するとも言われる。海岸の砂が堆積してできたこの地形は、自然の障害物と開けた空間を備え、特別な整備をしなくてもゲームが成立する環境を提供した。セント・アンドリュース、カーノスティ、ミュアフィールド——今日の名門コースの多くがリンクスに作られているのは偶然ではない。

また、スコットランドの羊飼いたちが草地を短く刈り込む習慣もゴルフの発展に貢献したとされる。羊が草を食み、風が地面を乾燥させ、ボールが転がりやすい「フェアウェイ」が自然に形成されていった。

初期のゴルフの姿

15〜16世紀のゴルフは、現代のそれとはかなり異なるものだった。ホール数は定まっておらず、コースによって5ホールのものも22ホールのものもあった。ボールは革製の袋にフェザー(鳥の羽毛)を詰めた「フェザリー」と呼ばれるもので、職人が手作業で作るため非常に高価だった。クラブは木製で、現代のアイアンにあたるものはほとんどなく、様々な形状のウッドを使い分けていた。

プレーヤーは貴族から庶民まで幅広く、賭けが伴うことも多かった。17世紀には「ゴルフ・ウィドウ」という言葉が記録に現れる——ゴルフに夢中になった夫に放置された妻を指す言葉だ。500年以上前から、ゴルフは家庭問題を引き起こすほど人々を夢中にさせていたのである。

ゴルフがスコットランドで根付いた理由

起源論争に決着をつけるのは難しい。しかし重要なのは、近代ゴルフの基礎となるゲームの形式——ターゲットに向かってボールを打ち、できる限り少ない打数でホールを終えるという本質——がスコットランドで確立されたという事実だ。

それはリンクスという地形の恩恵であり、海洋貿易で栄えた社会の余暇文化の産物であり、そして何より、空に向かって球を打ち上げることへの人間の根源的な喜びの表れだったのかもしれない。禁止されても、禁止されても、繰り返しプレーした人々の姿の中に、ゴルフという競技の普遍的な魅力の原点がある。