毎年4月、ジョージア州オーガスタの空気が特別な色を帯びる。アザレアが咲き乱れ、緑のフェアウェイが眩しく輝くその週、世界中のゴルファーがテレビの前に座る。マスターズ・トーナメント——この大会ほど特別な雰囲気を纏ったゴルフ競技は、他に存在しない。

その始まりは1934年にまで遡る。

ボビー・ジョーンズとオーガスタの夢

マスターズを理解するには、まずボビー・ジョーンズの引退後の物語から始めなければならない。

1930年にグランドスラムを達成して競技から退いたジョーンズは、自らの理想とするゴルフコースを作るという夢を抱いていた。完璧な競技コースを設計し、旧友たちと気の置けないゴルフを楽しむ——そのために彼はジョージア州オーガスタに目を向けた。

購入した土地はかつてベルギー人のP.J.A.バークマンスが経営していた苗木農園「フルーウッド・ナーセリー」だった。インディゴの栽培に使われた後、苗木農園として発展したこの場所は、様々な植物が丁寧に育てられており、その自然の美しさが際立っていた。農園の名残は今もコースに生きており、各ホールにはアザレア(杜鵑)、マグノリア、カメリア(椿)など植物の名前が付けられている。

マッケンジーとの協働——芸術としてのコース設計

コース設計を担当したのはアリスター・マッケンジー——スコットランド出身の医師にして世界屈指のコース設計家だ。マッケンジーはキプロス・ポイント(カリフォルニア)、ロイヤル・メルボルン(オーストラリア)など世界的名コースを手がけており、ジョーンズが最も信頼する設計家だった。

二人の哲学は一致していた。「プレーヤーを一方向からだけ罰するコースは凡庸だ。あらゆる技術レベルのプレーヤーが楽しめ、かつ最高水準のプレーヤーを試すコースこそが理想だ」というのがマッケンジーの信念であり、ジョーンズもそれを共有していた。

結果として生まれたオーガスタ・ナショナルは、バンカーが少なく(設計当時は全体で22個)、代わりに起伏のあるグリーンと戦略的なレイアウトが特徴のコースとなった。ただし彼らの設計からの一つの誤算もあった——ドライバーの飛距離増大や用具の技術革新とともにコースは何度も改造を余儀なくされ、現在のオーガスタは設計当初とはかなり姿を変えている。

第1回マスターズとその誕生

1934年3月22日、「オーガスタ・ナショナル・インビテーション・トーナメント」として第1回大会が開催された。当初「マスターズ」という呼称はジョーンズ本人が恥ずかしいと感じて嫌ったという話が残っており、「インビテーション」と名付けたのはその謙虚さの表れだった。しかしメディアや大衆は「マスターズ」と呼び続け、1939年から正式に「マスターズ・トーナメント」が大会名として採用された。

第1回大会の優勝者はホートン・スミス。ジョーンズ自身も出場し13位に終わった。翌1935年の第2回大会では、ジョーン・スミスが15番ホールで4打差をひとまきにする奇跡のアルバトロスを記録し(後に「奇跡のダブルイーグル」と呼ばれる)、マスターズの伝説は早くも積み上がり始めた。

グリーンジャケットの伝統

マスターズを象徴するアイコンといえば、グリーンジャケットだ。濃緑色の上着は1949年から優勝者に贈られるようになった。

当初グリーンジャケットはメンバーの識別用として1937年頃から採用されたものだった。ギャラリーからの質問に答えられるよう、メンバーが目立つ服を着る必要があったのだという。これが優勝者の象徴へと昇格したのは1949年、サム・スニードが初めてグリーンジャケットを授与されてからだ。

グリーンジャケットには厳格なルールがある。優勝者はジャケットを持ち帰ることができるが、翌年の大会期間中はクラブに返却しなければならない。またジャケットをオーガスタ・ナショナルの外に持ち出すことは原則禁止されており(一部の例外はある)、この規則が長年にわたって議論の的となっている。

アーメンコーナーという聖域

マスターズのコース中で最も劇的な舞台は「アーメンコーナー」と呼ばれる11番、12番、13番ホールの一帯だ。

「アーメンコーナー」という名称は1958年、スポーツライターのハーバート・ウォーレン・ウィンドが記事の中で初めて使用した。当時の大会で複数の選手がこのエリアで劇的なスコア変動を経験したことから、「神に祈るしかない(アーメン)」という意味を込めてこう呼んだのだという。

12番ホール「ゴールデンベル」は特に悪名高い。155ヤードという短いパー3だが、オーメン渓谷からの風が読めず、毎年数多くの優勝争いをここで終わらせてきた。2016年、ジョーダン・スピースは最終日12番ホールで大叩きして逆転優勝を逃した——ゴルフの魔物が住む場所として、アーメンコーナーはますます伝説化されている。

マスターズは「インビテーション(招待制)」という特殊な資格制限によって、他の3メジャーにはない「選ばれた者だけの大会」という雰囲気を維持している。1934年のジョーンズの夢は、今なおオーガスタの芝の上で生き続けている。