標高1,383メートル。カナダ・アルバータ州のロッキー山脈の懐に抱かれたバンフ国立公園の中に、世界でも稀有なゴルフコースが存在する。バンフ・スプリングス・ゴルフコース——カスケード山とランドル山が眼前に迫り、ボウ川の清流がフェアウェイを縁取るこのコースは、単なるゴルフ場の枠を超えた「体験」を提供する場所だ。ティーイングエリアに立つたびに、人間の小ささを思い知らされる。
ユネスコ世界遺産の中のゴルフコース
バンフ国立公園は1885年に設立されたカナダ最古の国立公園であり、1984年にはユネスコ世界遺産(カナダ・ロッキー山脈公園群)に登録されている。その公園内に18ホールのゴルフコースが存在するという事実は、世界的に見ても非常に珍しい。
公園内での開発は厳しく規制されており、コースの拡張や大規模改修は実質的に不可能だ。現在のレイアウトは1928年の開場時に近い形を保っており、それがかえってコースの「真正性」を守っている。フェアウェイを歩けばエルクやグリズリーベアが近くに現れることもある——ゴルファーはここで「客人」であり、野生動物が先住者だ。
プレー前のブリーフィングでは必ず野生動物との遭遇時の注意事項が告げられる。クマとの距離の取り方、エルクへの接近禁止、バイソンが出た場合の対処法。これほどユニークなセーフティブリーフィングを行うゴルフコースは世界に他にない。
スタンリー・トンプソン:カナダが生んだ天才設計家
バンフ・スプリングスを設計したのはスタンリー・トンプソン。カナダが誇る20世紀前半最大のコースアーキテクトだ。トロント出身の彼は、1920〜50年代にかけてカナダ全土に数多くの名コースを設計し、「コースデザインの巨匠」と称された。
トンプソンの設計哲学は「自然との対話」にある。山岳地帯の起伏、川の流れ、岩肌の露出——これらを「邪魔者」として除去するのではなく、コースの要素として積極的に取り込むアプローチを採った。バンフ・スプリングスはその思想の集大成だ。人工的な造形が最小限に抑えられており、各ホールは地形そのものがハザードになっている。
彼はバンフの設計に着手したとき、「神があらかじめ設計してくれた土地だ」と述べたとされる。実際、ティーグラウンドに立って眼前に広がる景色を見れば、その言葉の意味が理解できる。
8番ホール「デビルズの大釜」
バンフ・スプリングスで最も名高いホールは8番だ。「エルクフォール」とも呼ばれるこのパー3(175ヤード)は、ティーグラウンドがボウ川の滝の上の断崖に位置し、グリーンは対岸の崖の上に作られている。ホールとホールの間には、深い谷と落差のある滝がある。
この「デビルズの大釜」と呼ばれるホールを初めて見たゴルファーは、しばらく言葉を失う。ティーショットは谷越えのキャリーが必要で、わずかに左右にブレると崖下に消える。グリーンも傾斜が強く、ピンポジションによっては2〜3クラブ分の距離感の違いが生じる。
世界の「最も美しいパー3」ランキングに必ずと言っていいほど登場するこのホールだが、美しさとトリッキーさは表裏一体だ。ロッキー山脈を背景に、カメラのシャッターを押した直後に池や谷に打ち込む——そんな場面が毎日繰り返されている。
4,000メートル級の峰々が作るシーズン
バンフの標高と緯度の関係から、ゴルフシーズンは5月中旬から10月初旬に限られる。この短いウィンドウの中に、世界中からゴルフファーが集まる。
最も人気があるのは7〜8月だ。この時期は気温が15〜25度で安定し、日照時間も長い。一方、9月は観光客が減り始める「ショルダーシーズン」で、紅葉が始まる山肌を背景に、人が少ないコースでゆったりとプレーできる。コンディション的にも、霜が降りる前の9月初旬は芝の状態が年間で最も整っている時期のひとつだ。
ただし、山の天気は変わりやすい。8月でも急な降雪や雹(ひょう)に見舞われることがあり、スコールが来れば瞬時に気温が10度以上下がることもある。レインウェアと防寒具は必携で、これもバンフでのプレーのスペック要件だ。
バンフ・スプリングス・ホテルとの一体感
コースに隣接して建つバンフ・スプリングス・ホテルは、1888年に建設されたカナダ太平洋鉄道の豪華ホテルだ。スコットランド・バロニアル様式の城を模した外観は、ロッキーの山々と相まって絵葉書のような景色を作り出す。
ホテルとコースは一体的な「リゾート」として機能しており、ホテル宿泊者は優先的なスタートタイムの確保が可能だ。ラウンド後の温泉スパ(バンフ上流温泉)での疲労回復も、このリゾートならではの楽しみだ。
世界中にゴルフコースは存在するが、ユネスコ世界遺産の中でロッキー山脈を眺めながらラウンドできる場所はここだけだ。スコアを追うより先に、その事実に深く感謝したくなるコース——それがバンフ・スプリングスだ。